「資源」であること以上の付加価値を
ごちゃ混ぜになった資源を、単一の原料として取り出す。この精度を高め、できれば省力化を目指すというのが、80年代末から90年代にかけてのリサイクル業界のテーマでした。
そして、2000年を迎える頃には「ゴミなんだから処分」という考え方が覆され、この流れに、各地の自治体の呼びかけに応じて、多くの市民のみなさんが参加するというかたちが出来上がってきました。
しかし、いざ、分別が日常のことになってくると、そこにかかるコストや売れ口がなく、行き場を失った「やはりゴミである」という構図も浮かび上がってきました。そして、再び「ゴミなんだから燃やしてしまう」のも止むなしという見方が広がりもしました。
そうした、まさに「行き場のなさ」を解決するひとつの方策として、その行き場を海外に求めるという対策が講じられてもきましたが、すでに、中国も高度成長期からバブル期へという流れに入っており、消費文化も定着しています。故に、国内で再資源化のサイクルを回すことも可能になっています。
もちろん、海外に展開すれば、グローバルな先物取り引きなどの影響による価格の変動にも翻弄されることもあります。
そうした中で、地域に生きる小さなリサイクル業者はどうなっていったのか…
次の時代の活路を見出すことはできたのか…
苦境に立たされているのは、大手企業も一緒です。そして、そのことは異業種からの参入を招くことにも繋がっていきます。例えば、運輸業界の中に,運ぶだけでなく、製品の梱包、資料の保管などの倉庫業を兼ねる企業が出てきているように、アルミ缶を使用する飲料メーカーがリサイクル業を始めるなどということです。もちろん、飲料メーカーだけでなく、製紙、建材、鉄鋼、あらゆる分野で、やがては、そうしたことが起こるでしょうし、それについては、市民も、自治体も歓迎する動きになってくるはずです。
こうした流れの中で、かつて流通業において中間問屋が省かれていったように、地域の中小リサイクル業者は、恐らく淘汰の波にさらされます。